第43回『介護とコミュニティづくり(4)コミュニティ形成としての介護事業』
2016年11月17日
※今回の『介護とコミュニティづくり(4)コミュニティ形成としての介護事業』は、
「しゃくじいの庭」という小規模多機能・グループホームの運営に携わっていらっしゃる
安井英人さんとの対談です。
河村甚(写真右、以下 じん)
たとえば、僕もうちの子供たちとの関係で、前回安井さんが言っていたように、心を平安にして関わりたいと思っています。でも、疲れているとか時間がないとか、それこそ何度言っても同じことやるとか。そういうなかで、だんだん自分の心のキャパシティが狭くなっていく。心のキャパシティが狭くなっていくと、自分でもわかるくらい質の低いコミュニケーションになっていく。子供たちとの関わりが「自分がストレスを受けてるんだよ」「キャパシティいっぱいです、爆発」みたいなのを見せるだけのコミュニケーションになってしまう。そうすると相手もキャパシティオーバーで、受け入れ合えない感じのコミュニケーションになってしまう。わかっていても起こってしまいます。
安井英人(写真左、以下 安井さん)
家族はできなくて当然だって僕は思っているんですけど、他に家族だからこその役割や関わりがあるし。でも、職員はプロとしてそれができる必要があると思います。そういうときに必要なのが認知症の知識とか、介護に対する考え方を自分のなかで組み立てるとかっていう勉強だと思うんですよね。他の業界でもなんでも一緒だと思うんですけど。
自分のキャパシティを広げていくときに姿勢とか心意気だけで広げるんじゃなく、いっぱいインプットすることで引き出しを増やすことができる。原因疾患、薬の作用、体調、さっきのコミュニケーション論などなど。分析しようとすることでクールダウンできると思うんですよ。そういうことからも、僕は求めてますね。勉強しろよって。
保育士さんたちもそうなんじゃないの?
じん
保育士さんたち、うまいんですよね。超参考になるというか。勉強してるし、それが実践に生きていると思う。特に上の子の保育園は、先生たちが若くて綺麗でしっかりやっていて素敵だなって感じなんですけど……。
安井さん
それで目が曇ってるんじゃないの?(笑)
じん
それはあるんですけど(笑)
若いとダメと思われちゃうこともあるかと思うんだけど、若いからがんばっていると感じます。園長先生は若い先生たちとは違うビッグママ的存在感を放っているわけですよ。若くて意欲のある先生がビッグママのもとに一生懸命にがんばっている。
いい関わり方しているんですよ。たとえば、「ダメだよ」と伝えるにも、まず相手を受け入れて、考えさせて、理解させて、行動を促す。年齢によっても対応が異なる。真剣に叱るということを大きい子にはするが、小さい子にはそういう伝え方はしない。叱るというより真剣に伝えるみたいな。年齢層に合わせたアプローチ方法がキチンとあるんだろうな、という感じがします。
たとえばうちの娘が3歳くらいまで友だちに噛みついてしまうことがありました。
保育士さんの説明を聞いて、なるほどねと思ったんです。娘は3月生まれだから同じ学年では一番小さい。他の子たちができることができなかったり、言葉でうまく伝えられなかったりする。他の子たちが優位に立っていることがフラストレーションになって、噛むことに繋がっていると。
ちゃんと言葉で伝えることを教えることが大切ということにとても納得しました。
安井さん
まさしくそういうところですよ。さっき言ったように、認知症の方は赤ちゃんに返るわけではまったくないんだけれども、対応を考えるときには今の保育士の話と似ているかもしれないと思います。
ある機能が不全である場合に、これを何とかしようと思ってイライラしたり不安になる。たとえば腕が動かないなら腕を一生懸命動かそうとするのではなくて、「どういうときに腕を動かさなくてはならないのか」といったことを分析して、別のところを支援してあげることによって、その方が腕を持ち上げる必要がなくなるということもあります。そうすれば、その気持ちは少し楽になるかもしれませんよね(腕のリハビリ自体は別の意味で必要だが)。
機能を得ていく子供たちと機能を失っていく高齢者とは真逆の方向ではあるんだけど、どちらにも共通しているのは満足に何かできないということであって、我われが普通にできることができないということで悶々とする。
そんなときに何を支援すればいいのかということを、場面だけ捉えるのではなくて、問題の構造から捉える。こっちの機能を助けることで、このことを考えなくて済むようになるんじゃないかな、とかね。
じん
そうですよね。僕のことを思い出しても、娘の噛み癖のときは、親としても辛いわけですよ。お友達に歯形をつけちゃって、「またやってしまったか」って。なんとかしてその噛む行動を止めたいと思ってしまう。親の立場としては、噛むことそのものに目が向いてしまう。
そんなときに先生が専門知識をもとに「噛む背景には言葉で伝えられないということがある」と言ってくれると、対策も見えるのでちょっと安心する。
認知症の方のご家族も、表面の現象はわかるんだけど、「なんで?」という部分がわからないと家族は辛いし、苦しい。プロが専門知識をもとに「いまはこんなことが起こっています」「ご家族つらいですよね」「その背景にはこういうことがあるからこうなってしまうのかもしれません」と話してくれると安心するんじゃないかと思います。
安井さん
しかも、本人が本当になりたくてなったことではないことで、娘たちや息子たちが反目しあったり、家族が崩壊したりといったことが起こるわけですよ。財産がからんだりするから余計ね。
問題が突然巨大化するっていうか。そうなってからではもう遅い。実際には兆候があるわけだし、その途中で気軽に相談できる場所が近くにあるべきだと思うんですよ。
問題が深刻になれば、誰でも福祉事務所や行政に相談に行くわけですよ。するとケアマネさんを紹介されたり、介護保険のサービスを使うという話になったりするんだけど、それでは遅いと僕は思うんです。0か100かではなく、しゃくじいの庭にも、その間の段階で自然に相談に来てもらえればと思います。
自宅に近いところに日常的に相談できる事業者がいっぱいいるような社会にすれば、もうちょっと地域で暮らし続ける人が増えると思います。
じん
こういう介護事業所とセットになった”庭”のような機能がそこかしこにあると、普通にそこでベンチに腰掛けていた地域の人が、ある時施設の利用者になることもあるかもしれない。そこに”塀”がなくて、最初からそこが自分の場であるという自然な感じで入ってこられるのであれば、いいコミュニティだと感じます。
安井さん
そうだね。なんというか「介護職」というと、給料は安いし、若者はあんまりやりたくない仕事になってしまっているわけだけど、こういうふうに捉えるとすごくクリエイティブな仕事だと思うんですよ。介護職をクリエイティブな仕事としてデザインする必要があると思う。
コミュニティを良くしたいとか、地域を興したいとか、誰かのためになる仕事をしたいという若者は今いっぱいいるわけですよ。その人が「介護職にならない?」と言われると、「いやちょっと……」と敬遠する。僕は介護業界に属している自覚がないんですけど、こういう状況は介護業界の重大な課題だと思います。
じん
「介護業界に属している自覚はない」という感じ、いいですねー。
安井さん
必要だから介護福祉士という資格は取りました(笑) 介護保険制度が導入されたことで、それまでは完全に福祉畑の人しかいなかった分野が開放されて僕も入ってこられたわけです。
もっと「コミュニティの形成・再生」という視点で介護事業所が活動していく必要があると感じます。そういう仕事をしたいという職員が増えてくれば、さっきの庭の話なんかみんなスルッと入っていくんじゃないかと思うんですよ。
ガチガチの「介護職」として来る人は理解できないもん。「理想的ですね?」って(苦笑)。介助の仕方は少し勉強すれば誰でもできますよ。家族だってやってるんだから。真髄は、そんなところにはない。認知症がなくて、体にいろいろと課題のある方の介助技術は別だと思いますけど。でも、前々回に言ったように、認知症の人は要介護者のマジョリティになっていく。そのことをちゃんとわかっていないと、コミュニケーションの取り方とか家族への相談支援とかね。
そこをコミュニティ形成の切り口として若者が入ってきてくれたら、もっと面白い業界になると思います。ただ給料は変わらないんですけどね、今のところ、それは構造的な問題だから。
じん
そういうことをやると、食っていけそうな感じはしますよね。
安井さん
そういう胎動というか、うごめきみたいなものはあるね。
じん
だって、安井さんがこの介護業界に入ってきてやっていることも、もともとコミュニティづくりというバックグラウンドがあって、この仕事もコミュニティづくりにしてしまっているというところが非常に面白いですし、そこに共感する若い世代はいるはずだと思います。
「うちの仕事はこういう仕事」とか「こういうことを大事にしている」といったことを明確に発信していく。安井さんは、明確な考え方や大事にしたいことを持っているじゃないですか。発信をするのは、そういう人たちを集めるという意味でも必要ですよね。
うちもチームビルディング会社ですけど、そういう自分たちの軸を整えるということも、試行錯誤しています。一度つくったら完璧というわけでもないですし。
安井さん
リファイン(改良・洗練)し続けなくてはならない。
じん
そうですね。安住するとトラブルが起こるということの繰り返しだったかなと思います、うちの会社だと(笑) 最近10周年で新しくミッション、ビジョン、バリューをつくり直していて、そのつくり直すという作業にもとても意味があると思いました。
それに、軸を明確にしてコミュニケーションを取ると、そこに共感する人が乗っかってきてくれるみたいなことが起こるなと思って。発信することで良い人たちが集まってきてくれて、逆にそこに共感しない、合わない人たちは他に合う場所があるかもしれないですし……。
安井さん
そうだね。うちの会社に必要ないっていうんじゃなくて、もっと他に適性が合う場所があるはずだね、と。
じん
本当にそうだと思います。別の「介護ってこういうものだ」という考え方がしっかりあって安井さんと合わない人もいるかもしれないけど、それはそれでそういう人たちが必要とされている場があるんだと思います。「俺はここをこういう場所にしたいんだ」と明確に発信していくことで、「ここでの仕事はこういうことで、それについてはみんな全力でやろう」とみんなが合意できるといいですよね。綺麗事みたいで、現場ではなかなか難しい面もあると思いますけど(笑)
安井さん
真ん中にあることは、そういうことだと思いますよ。言い訳をするとすれば、最初に話したように、2年越しでハードを作ることに集中してやってきました。その準備が整ったら、今度はすごいスピードで立ち上げて、開けたらすぐにお金を返していかなきゃならないとか、職員を食わしていかなきゃならないとかっていうことで、お客さんをいっぱい入れなきゃならないっていうモードになるじゃないですか。
そんな日常の中でバタバタしている間に、「こういうことを目指すんだ」「みんなでつくろう」「みんなでつくった仕組みならみんな守る」とは言ってたんだけど、みんな受け身が常態化しちゃって。
受け身になっちゃうっていうことは、責任を取らないということにも繋がる。「みんなでつくるんだ」と言っても、そんな簡単にはつくれないから、僕が業を煮やして「まずは、こういうことで」「仮に、こうしてみては?」とやっちゃう。それは逆効果。「みんなでつくるとか言っても、結局上から落ちてくるんじゃん」と思っていく。
それを繰り返すうちに、たぶん自分で考えることをどんどんやめていくわけですよ。何でも聞く状態になっていく。「今日ゴミ捨ててもいいですか?」とか(苦笑)
そういう状態で、さっきの「こういうことを目指す」といってもぜんぜん響かないんだよね。それはこう進めた僕らマネジメント層の問題がまずあったと思うんです。集まってがんばってくれてる人に非があるわけではぜんぜんない。
だから、現状には非常に危機感を持っています。一般的な介護事業所になってしまうというレベルの危機感ではなくて、このままでは介護事業所としてもダメになってしまうということ。みんなが受け身だったりとか、チームじゃなかったりとか。現場の人たちに話すことじゃないけど、自分は強い危機感を持っています。今のうちに軌道修正をしなければと思っています。
この事業所を立ち上げてからこっち、忙しくてこの事業所に閉じこもってたんだよね。ワールドキャンパスの頃はいろんなところでインプットとアウトプットをくりかえしていたんだけど、ここでは引きこもり状態になってた。外に出ていろんな栄養を入れないと。で、そうすると、栄養を入れるかわりに、いっぱい夢を吐くと思うんですよ。いろんなところで夢を吐いていると、「あのとき会った安井さんですよね」っていう感じで声を掛けてくれるようになると思う。ワールドキャンパスのときもそうだったから。
じん
そうですよね。リアルな組織づくりってぜんぜん簡単じゃないというか。理想はこうすればいいじゃんというのがわかっても、ぜんぜん簡単じゃない。
安井さん
コンサルっていうのは、いかにいい加減かっていう(笑)
じん
いやいやいやいや(笑)
型はあるんだけど、その通りにハマるかとか個別のことっていうのはやっぱりあるし。うちの会社もチームビルディングをやっているけど、本当にリアルな現場は泥臭い生の人間関係なので。
そういうなかで、うちはチームビルディング会社なので、チームビルディングジャパンのチームビルディングには一番コミットしています。自分たちのチームビルディングができていないと、お客様に対して詐欺みたいになってしまう。「チームビルディングできますよ」と言っていて「自分のところできていないじゃん」というような仕事はしたくないんです。
自分たちが完璧というわけではないんだけど、自分たちが良いと思うことを実践し続けていく。その時々のアップダウンとか自分の心の状態の変化はあるけど、自分たちのチームビルディングは絶対あきらめないというコアをしっかり持っていると、必ず乗り越えられる。
チームと言いつつも、1対1のコミュニケーションだとか「この人にとってどうかな」とか「この人は今どういう状態かな」というところに入っていかないと、全体でミッション実践してということだけではうまくいかない。
全体の話の共有も大事だし、1対1でその人に合わせた話を深めるのもとても大事。綺麗事ではないっていうか、セオリー通りでポンとうまくいくような簡単なものではないという感じです。
安井さん
本当にそうですよね。実感、痛感してます。